満員電車テトリス問題「序」
こんにちは
エンスです
「空いてるドアからご乗車ください」
もう聞き慣れたこの構内アナウンス。
そしてこのアナウンスを聞くたびに「空いているドアなんかねぇよ」って毒づく。
その繰り返し。
高校一年生で電車通学デビューを果たしてから、この満員電車には毎日のように付き合ってきました。
僕は身長が高いので、高みの見物、混雑無双してたのですが、大体の人はそこに小宇宙を見てたのではと思います。
そして長年満員電車に乗ってきて気づいたことがあります。
それが今回のテーマ、
「満員電車テトリス問題」です。
つまり、どういうことかと言うと、
満員電車の乗り方のノウハウはテトリスが源流にあるのではないか。
すなわちテトリスが上手い人は満員電車の乗り方も上手いのではないかということなんです。
満員電車において、乗り方の上手い下手は必ず存在します。
そして下手な人であればあるほど「みんな辛いんだから我慢しろ」という思考をしています。
アホか。
お前のせいでみんな辛いんじゃと。
そうこの満員電車テトリス問題において、一人の無能空間掌握は全員を不幸にします。これがテトリスと一番違うポイントと言っても過言ではないです。
満員電車=テトリス????
まず満員電車とテトリスがなぜ繋がるのか。
それはどちらも
枠の中に、モノを、短時間で詰めるゲーム
だからです。
なんとなくイメージしやすいかと思います。
長方形の車両の中に、サラリーマン、主婦、学生、カップル、高齢者など多種多様な姿形をした人間が、電車がプラットホームで待機している間に所狭しと自分の空間を求める様はテトリスに通ずるものがあります。
どれだけ人の邪魔になっているか気づいてる?
でも人間て、意外と自分の「幅」って分かってないんですよ。
体形の話をしているんじゃないです。
痩せている太っているよりもっと高次的な「幅」に対する認識です。
この視点は難しくて、自分が思っている「幅」と他人から見た「幅」は全然違います。
主観はほぼ全裸、すなわちアダム。女性の人だったらイヴ。
客観は着ている服、背負っているバッグ、持っているヘルメットケース、連れているチワワなどすべての所有物を含めた個体。今からラオシャンロン撃退しに行きますの「幅」。
これくらい違います。そして客観的「幅」をより支配することでこのテトリスの勝者になれます。
僕らはウイイレで育った
次に空間把握。
よくサッカーで使われる言葉で、元サッカー日本代表の遠藤保仁選手もこの視点を大事にしていたと言っていました。
神の視点
様々な言葉で形容されるこの視点は、満員電車においても心臓部となる視点です。
ただのゲーム画面なんですけどね。
でもこれをイメージできるかできないかでだいぶ違います。
でも多くの人この視点を蔑ろにしている。
すべての空いているスペースには理由があるんです。
「ココ」が空いているということは「ドコカ」が埋まっているんです。
突然スペースができるなんてことはありません。
神隠しでしか。
その動きを流動的に見れない人は、無理やり自分のオアシスを求めようとします。
論外。
満員電車を形成しているのがヒトなら、空間を作っているのもヒトなんです。
だから上からの視点を想像して、自分を埋め込めば自然と水は流れてくるんです。
まとめ
①自分の「装備品」すべてを加味した「幅」を理解する。
②車両を「神の視点」で空間把握する。
③この手順を間違えない。
以上で「序」は終わりです。満員電車攻略の糸口は見えてきたでしょうか。たぶんこれだけではまだ息ができるくらいだと思います。楽しみにしていてください。